本研究の目的

第1期(2019年度)

 本研究の目的は、天体景観を客観的な手法のもと歴史事象の解釈に組み込むことである。その際に考古学での事前手続きとして求められるのは、遺跡が示す諸状況を天体現象との関係において検討すること自体の妥当性を客観的な手法に沿って示すことである。そのため本研究では、考古学的に意味のある軸線や方位を抽出することに徹し、同時に対象遺跡の立地状況、地性線の状況や周辺景観との関係を踏まえた点検作業を実施する。それを前提としたうえで過去の天体現象と天体運行を時系列に沿って再現し、個別遺跡の現地調査や史料の検討に活用するための系統立った分析法を準備する。天文学的事象の導入に対し本研究では、関口・高田・吉田を中核に、北條と後藤が個別に実践してきた方法を再整理する。高田は天体運行再現ソフトの開発と普及に関わった経験をもつため本課題の遂行に適材である。

 つまり本研究では、北海道から南西諸島までの日本列島各地で展開した諸文化の代表的な祭儀施設や墳墓遺跡を対象に統一的な分析方法を適用し、可能な限りの悉皆性を確保する。併せて東南アジアやミクロネシア地域における後藤の神話論的な研究の成果と、日本の記紀神話や天体観の分析との突き合わせを行うことで、環太平洋地域を覆う広域的普遍性や古代中国側からの波状的影響を受けた日本列島の特殊性を考察する。同時に天文学・考古学・文献史学の融合的研究の方途を探るものである。

 上記の検討結果を基礎に、観測技術の向上に伴う数理的理解の深化と暦の形成プロセスを含めたスカイスケープとしての天文景観が、日本列島住民の時空間認識や自然観・宇宙観の基盤形成にいかに深い影響を与えたかを考察する。天文景観の利用法や対処法を通時的に押さえることは、景観史を広域的に検討するうえでも優れた普遍指標となりうるからである。

 本研究の独自性は第一に上記の連携体制にある。各研究者が積み上げた固有の実績をふまえ、共通の方法に即した実地観測と評価を行うことで系統立った把握が可能になる。第二に本研究では沖縄地域を結節点として南太平洋地域と日本列島全域を南北に結ぶ広域把握を目論む点にある。第三に、北海道と沖縄地域を分析の柱に据えた研究を推進する点にある。両地域では天体と神話との関係について、考古資料・文献史料・伝承が豊富に遺存しており、相互の関係が明確に把握できる。すなわち天体に対する人類の認知構造を解明する上で最良の地域を選択し、そこから抽出される法則性を基礎に日本列島全域への適用を目論むものである。第四に、文献史学との連携により、神話の原型をなしたと考えられる、スカイスケープを含めた周辺景観把握への途筋が明確化する点にある。


第2期(2023年度)

 本研究の目的は、各種の天体現象にたいする人間側の認知活動が長期にわたって維持され、各種の祭礼や暦の指標として利用された事実を解明することにある。なかでも太陽と月の運 行は、地球上のどこからでも視認されるため、共通の指標として汎世界的に適用できる。

 上記の目的を達成するために、本研究では過去の天体運行を高精度で再現する天体シミュレーションシステム〈arcAstroVR〉を中核的ツールとして使用する。システム本体は天文学 の分担研究者関口和寛を主担とし、研究協力者岩城邦典の技術支援のもと、新学術領研究 (研究領域提案型)「人工的環境の構築と時空間認知の発達」(研究代表者,鶴見英成−放送 大学)を原資に、2021年度までに開発を終えた。2022年の下半期には日本語と英語のマニュ アルを添えて国立天文台から公開する準備を進めている。

 本システムは考古天文学上の標準的な天体運行再現ソフトでもある〈ステラリウム〉を基 盤とするが、そこに対象とする遺跡・遺構の周囲90kmの範囲の地形の起伏を、JAXAが提供する30mメッシュ標高データによって正確に再現し表示させる機能を備えている。そのため地 球上のどの地点からでも任意の過去の天体景観と、地上の人工的構造物の軸線や配列関係と の対応・非対応を、具体的な情景のもと擬似的に追体験することが可能である。〈ステラリ ウム〉に組み込まれた各種天体運行の個別計算式を再検証した上でのシステム構築なので、 天文学からの点検と精度の保証は完了しており、過去の日食や月食を始め各種の星食現象も 正確に再現することが可能である。

 また我々は、佐賀県教育委員会および吉野ヶ里歴史公園の支援を受け、2021年度には本シ ステムへのプラグインとして、吉野ヶ里遺跡の北墳丘墓から北内郭までの諸施設を組み込んだ。その上で本遺跡の諸施設と天体景観とが深い結びつきもつことを示す映像「卑 弥呼が見た星空」を作成し2021年12月に公開した。

 もとより本システムは学術的な分析用に開発されているため、我々が把握した太陽や月の 運行との関係だけに止まらず、まだ未解明である恒星の運行や各種天体現象との突き合わせも可能である。

 この世界初ともいうべき新たな研究環境を基礎に、日本列島の各時代の遺跡・ 遺構を本システムに組み込むことを通じ、本研究は過去の天体景観と人間側の認知との相互作用を考察するものであ る。本研究の学術的な独自性は、このシ ステムを利用しつつ考古天文学の有効性を国内外に主張し提案することである。独創性は月の運行の特性に照準を定めつつ、伝統的な農事暦や祭礼日の起源と太陰太陽暦との対応関係を導くことにある。