本研究の目的

 本研究の目的は、天体景観を客観的な手法のもと歴史事象の解釈に組み込むことである。その際に考古学での事前手続きとして求められるのは、遺跡が示す諸状況を天体現象との関係において検討すること自体の妥当性を客観的な手法に沿って示すことである。そのため本研究では、考古学的に意味のある軸線や方位を抽出することに徹し、同時に対象遺跡の立地状況、地性線の状況や周辺景観との関係を踏まえた点検作業を実施する。それを前提としたうえで過去の天体現象と天体運行を時系列に沿って再現し、個別遺跡の現地調査や史料の検討に活用するための系統立った分析法を準備する。天文学的事象の導入に対し本研究では、関口・高田・吉田を中核に、北條と後藤が個別に実践してきた方法を再整理する。高田は天体運行再現ソフトの開発と普及に関わった経験をもつため本課題の遂行に適材である。

 つまり本研究では、北海道から南西諸島までの日本列島各地で展開した諸文化の代表的な祭儀施設や墳墓遺跡を対象に統一的な分析方法を適用し、可能な限りの悉皆性を確保する。併せて東南アジアやミクロネシア地域における後藤の神話論的な研究の成果と、日本の記紀神話や天体観の分析との突き合わせを行うことで、環太平洋地域を覆う広域的普遍性や古代中国側からの波状的影響を受けた日本列島の特殊性を考察する。同時に天文学・考古学・文献史学の融合的研究の方途を探るものである。

 上記の検討結果を基礎に、観測技術の向上に伴う数理的理解の深化と暦の形成プロセスを含めたスカイスケープとしての天文景観が、日本列島住民の時空間認識や自然観・宇宙観の基盤形成にいかに深い影響を与えたかを考察する。天文景観の利用法や対処法を通時的に押さえることは、景観史を広域的に検討するうえでも優れた普遍指標となりうるからである。

 本研究の独自性は第一に上記の連携体制にある。各研究者が積み上げた固有の実績をふまえ、共通の方法に即した実地観測と評価を行うことで系統立った把握が可能になる。第二に本研究では沖縄地域を結節点として南太平洋地域と日本列島全域を南北に結ぶ広域把握を目論む点にある。第三に、北海道と沖縄地域を分析の柱に据えた研究を推進する点にある。両地域では天体と神話との関係について、考古資料・文献史料・伝承が豊富に遺存しており、相互の関係が明確に把握できる。すなわち天体に対する人類の認知構造を解明する上で最良の地域を選択し、そこから抽出される法則性を基礎に日本列島全域への適用を目論むものである。第四に、文献史学との連携により、神話の原型をなしたと考えられる、スカイスケープを含めた周辺景観把握への途筋が明確化する点にある。